出来てしまったシミに悩む人の化粧品

これからお肌にシミができないようにするシミ予防の化粧品というものもありますが、もうすでに出来てしまったお肌のシミに使う化粧品というものもあります。
ファンデーションのようにお肌のシミを隠す化粧品もできてしまったシミ用の化粧品といえるかもしれませんが、これから書くのは出来てしまったお肌のシミを薄くしたいときに使う化粧品についてです。

具体的にどういった化粧品があるのかということについては、下記サイトでいくつかの商品が紹介されているので参考にしてください。
シミに効く化粧品

お肌のシミを薄くしたいときに使う化粧品には大きく分けて2種類あります。
ハイドロキノン配合化粧品とそれ以外です。
ハイドロキノンというのは日本では2000年代に入るまでは化粧品に配合することができなかった成分で、海外では今でも日本とは違った使用の規制があるそうです。
なぜ昔の日本で化粧品に配合できなかったり、現在の海外での規制があるのかというと、お肌に対する影響が強い成分だからです。
そのためハイドロキノンが配合されていない化粧品よりも、一層注意して使用する必要があります。
注意というのは、本格的に使う前にパッチテストを行うとか、いつも以上に紫外線カットを心がける、などがありますので詳しいことは商品の説明書などを熟読してください。
元々のお肌の色が抜けてしまう「白斑」という症状が出る可能性もあるので、使用上の注意は必ず守ってください。
なんかちょっと怖いな・・・と思った人もいるかもしれませんが、そういった人はまずハイドロキノンが入っていないシミ用化粧品から使ってみたらどうでしょうか。

化粧品以外でシミを薄くしたり消したりするにはレーザー治療などがありますが、一番気軽に試せるのが化粧品だと思います。

14.5mmの大きめサイズの日本製のカラコンは通販で購入できます

今の日本で買えるカラコンというのはそのほとんどが海外製です。
しかしフォーリンアイズとトラスティトラスティの2メーカーから日本製のカラコンが発売されています。
フォーリンアイズの方は標準サイズのレンズと大きめサイズのレンズ、それから標準レンズサイズで着色直径が小さめのカラコンがあります。
関連サイト:14.5mmの日本製カラコン

それに対して、トラスティトラスティの方は大きめサイズのレンズのみの販売です。

この2メーカーのカラコンはどちらも通販で購入することができます。

2メーカーの違いはレンズサイズ以外にもあります。
トラスティトラスティは大きめサイズの日本製カラコン3種類のみの扱いなのですが、フォーリンアイズは販売しているカラコンの種類が多いです。
同じ大きめサイズだけで比べても、フォーリンアイズの方がカラーの種類が多いです。
他にもトラスティトラスティは1ヶ月交換タイプのみですが、フォーリンアイズは1ヶ月交換タイプに加えてワンデーカラコンも扱っています。
しかし、フォーリンアイズもワンデーカラコンは海外製のみなので注意してください。

こうして見てみるとフォーリンアイズの方が圧倒的に優勢に見えますが、トラスティトラスティはフォーリンアイズよりも値段が安いという特徴があります。
日本製のカラコンが欲しいけど高いのはちょっと手が出しにくいので少しでも安いものが欲しい、という人にはトラスティトラスティの方がいいかもしれません。

また、今書いた通り、ワンデーの日本製カラコンというのは無いので、どうしてもワンデーがいい人は海外製カラコンを買うことになります。
その時には安全面の問題から、必ず日本の厚生労働省に高度管理医療機器として認可された海外製カラコンを購入してください。

水野葉舟 3

 私は目も疲れた。――からだは今朝から長いあいだ、窮屈な態をしているので、方々が痛い。――その疲れた目を、力なく後に残り続いて行く道の上に落とした。見るとなしに道が目にはいっていた。
 すると、その道の両側に、ごまの実そっくりな形をした、実がはじけてついている草の枯れたのが、つづいて立っているのを見た。「やまごま」、そんな名の草のあることを聞いたように覚えている、この珍らしい雪国に来たのだ。或いはその草かもしれぬと、私は故もなく思った。
 崖の道は山にはいった。水の流れも聞こえなくなった。そしてとうとう雪が降り出した。
 それから二時間ばかりして、もう日が暮れかかった。馬車の中はいよいよ無聊だ。中の人のあいだで又思い出したようにそろそろ話がはじまった。
 その中に私もはいった。やがて、向い合って坐っていた老人に、「今来た道に、ごまのような草がありましたが、何でしょう。山ごまと言うのではありませんかね。」
「山ごま? そんなものは知りませんが、何だろな、ごまのような、草って……」
「種がたくさんついたまま、枯れていたのです。」
「あ、あれは月見草。」

 これも同じく遠野で聞いた談だ。その近傍の或海岸の村に住んでいる二人の漁夫が、或月夜に、近くの峠を越して、深い林の中を、二人談しながら、魚類の沢山入っている籠を肩にして、家の方へ帰って来ると、その途中で、ひょっこりとその一人の男の女房に出会った。その夫は女房に向って、「お前は、今頃何処へ行くのだ」と訊ねると、女房は、「急に用事が出来たから、△村まで行って来ます」と答えたが、傍で同伴の男が、見詰ていると、女はそういいながら、眼を異様に光らして、籠のあたりを、鼻先をぴくぴくさしている模様が、如何にも怪しいので、これはてっきり魔物だと悟ったから、突然その男は懐中にしていた、漁用の刃物を閃すが早いか、女に躍懸って、その胸の辺を、一突強く貫くと、女はキャッと一声叫ぶと、その儘何処とも知らず駈出して姿が見えなくなった。夫は喫驚して、如何したのだとその男に詰ると男は頗る平然として、何これは魔物にちがいない、早く帰ろうといいながら、その男の袖を引張るようにして、帰途に就いたが、夫なる男の心配は一方ではない。

 S君の家に着いた時には、もう夜がすっかり更けていた。
 途中で寄り道をして、そこですっかり話し込んでしまったので、一里余りの道は闇の中をたどって来た。闇の中にひろびろと開けた、雪の平を通って来た。闇と言ってもぽっとどこか白々として、その広い平がかすかに見透かされる。そして寒い風が正面から吹きつける中を歩いて来たのだ。
 歩いて来た道は、川に沿っていた。雪の中に黒く見える流れだった。水の音がただ絶えず気疎く耳についた。雪の中をオヴァシューズでS君の家の裏口の方から庭にまわった時にゴム底が凍った凸凹になっている雪の上を歩くたびに、ギュッ、ギユッと音をしてすべる。そして疲れた足には、それが言いようもなく重く思われた。
 で、雪のあるうち、近道だと言って、畑の中を直線にふみ付けた、道から、家の裏口に出た。家に着いたと言われた時には、ほっとした。自分は雪明りで、時計を見ようとしたが見えなかった。S君が傍からマッチをすってくれたので、もう十一時四十幾分になっているのを知った。

水野葉舟 2

 その日は十二三里の道を、一日乗り合い馬車に揺られながらとおした。やっとの思いで、その遠野町に着いたころは、もうすっかり夜が更けていた。しかも、雪が降りしきっていて、寒さが骨に沁む。――
 三月に入ってからだったが、北の方の国ではまだ冬だ。
 やっとその町に入ったころは、町はおおかた寝静まっていた。……暗い狭い町の通りが、道も家も凍りついたようにしんとして、燈一つ見えない。その中を二台の馬車が急遽しい音を立てて通って行った。自分はすっかり疲れて、寒い寒いと思いながら、ついうっとりとしていると、真暗だった目の前が俄かにぼっと、明るくなった。と思って目を開けると馬車が停っていた。
 着いたな、と思って、馬車の外側に垂れている幕を上げて見ると、間口にずっとガラス戸の篏っている宿屋の前に停っていた。
 自分は今度、少しばかりの用事ができて、東北地方の旅行を企てたが、その途中その陸中T町に従兄が中学の教師をしていたのに三四年振りで逢うため、わざわざこんな山中にやって来たのである。
 もっとも、あとで東京を出発してここにちょっとよる筈の友人を待ち合わせて、一緒に、S峠を越してK港に出ようと言う予定でいる。

 けさは九時に馬車が遠野を出た。同行の佐々木君は馬車に乗ると、かならずからだを悪くすると言うので、十二里に少し遠い花巻まで歩くこととした。その佐々木君も遠野の町はずれで別れて、五里半あると言う道を揺られながら、ここに着いて見ると、花巻からの馬車はまだ来ておらぬと言う。春といっても、短かい日はもう、どことなく傾いている。まだここから花巻までは七里、覚束ない、薄ら寒い心持ちが胸に映える。
 馬車がここに着いて、この中継ぎの宿屋の門に立っていると、佐々木君も峠を越してちょうどこの村にはいって来た。で、同じ家の二階に上って向い合って食事をすますと、佐々木君は遅くも九時頃までには花巻に着きたいと言って、つぎの村まで人車に乗ることにした。で、今夜、約束の宿屋で落ち合うと言うことにして、別れて行った。
 私は室の中で一人当てなしに、ぼつりとして花巻からくる馬車を待っていた。

 知らぬ土地の旅舎で一人ぽつねんとしているってことは寂しいことだ。僕は何だか、とんでもないところに来たような気がするほど寂しい。寂しい。だから君にはがきを書く。一層寝ちまえ? 夜八時、花巻にて、M生。

   今、花巻を発つ

 午前九時、前の街道に馬車が来た。今これからそれに乗って、ここを発つのだ。二三日前、遠野へ行く途中、この馬車が猿ヶ石川の断崖にさしかかるところで転覆したそうだ。それで、今朝も宿屋の人達に道の悪いこと、馬車の危険なことなどを散々に言っておどかされた。
 しかし、遠野に行くのには、この馬車に乗るより外に、何の方法もないのだ。人車はあるが、六円の七円のと言ってとても僕等の手に合う筈はない。でも危険だと言われると、さすがに不安だ。旅に出るとよくこんな目に逢う。人の悪い奴等だ。でも馬車に乗るときめた。
 そして、この朝からの愚痴を、君に書いたのだ。ちょうど馬車が急に動き出さないものだからね、その間に。……二日、花巻の町はずれにて、M生。

水野葉舟

 九月の中ごろ、ひどく雨が降った或る晩のこと。――学校を出た間もなくこれから新聞社にでも入る運動をしようと思ってる時に少し思うことがあって、私は親の家から出て、佐内坂上[#ルビの「さないざかうへ」はママ]の下宿屋に下宿して間もなくであったが、――ちょうど九時打った頃、その某館に、どしゃ降りの最中によそから帰って来た。
 自分の室にはいって、散滴でじめじめしている衣服を脱いでいると、そこへここの娘のお八重が湯を持って入って来た。茶を入れてくれたり、濡れた衣服を衣紋架に通して、壁のところにかけたりして、室を片付けていたが、急に思いついたように、
「ああ、そうそう、下の荻原さんが貴方にお目にかかりたいって。」と言う。
「荻原ってどんな人だ?……おれに何の用があるだろう。」
「何の用ですか? この間からそう言ってらしたから。今夜なんぞ丁度いいわ。いらっしゃいって、そう言って来ましょうね。……それは変んな言葉つきよ。私なんぞには何言ってらっしゃる[#「らっしゃる」は底本では「らっしやる」]んだか、半分ぐらいしかわからないの。」

 三月二十七日――陸中のこの山間の村一帯に雪にまじって雨が降った。
 その雨で、しだいに解けてきていた、薄い雪の下から黒い土がところどころに見え出した。――一冬通して、土の上をすっかりつつんで積っていた雪が、ところどころに黒い土を見せて来た。黒ずんだ色をして立っている山の林がどことなく灰色になって来た。しんとした、凍った空から、倦んだような光を見せていた日光にも、しだいに春に覚めて行く、やわらかい、力のある光が見えてくる。雪に当たる日の反射にも、暖か味が出て来たのを感じられる。
 雪に包まれた東北の野は、のろのろと春に移って行こうとする。長い、陰鬱な、単調な冬が消えて行こうとする。
 私は或る研究の材料を集めるためと、一つはこの地方に特別な好奇心を持っていたのとで、一と月ばかり前からはるばるこの陸中のT村に来ていたが、どっちを見ても雪ばかりのなかで、雪国ふうの暗い陰鬱な家の内にいると、心はしだいに重く、だるくなってしまった。
 凍って青く光っている、広い野の雪の色も、空気が透明で、氷を透して来たような光を帯びた碧空に、日が沈んで行く。黄昏の空にも、その夕星の光にも、幾日も経たないうちに、馴れてしまった。仮りに死んでいるような、自然の姿の単調さに心が倦んで行く。すると、鈍色をした、静まり返った自分の周囲の光景が、かえって心をいらだたせるのであった。
 私は何よりもまず、賑やかな東京の夜が恋しく思われてくる。

死語となつた「言文一致」

「言文一致」といふ言葉は、今では既に推移し去つた過去のものになつてしまつてゐる。死語になつた感がある。その役目をすまし、次ぎの段階に移り進んで死んで脱殻になつてしまつたのである。
 私は時折、日本の文章が、この半世紀の間に急流の勢ひで変遷して、今日の姿になつて来た跡が思ひ出される。言葉の生死もそれにつれて激しかつた。これはもとより止る処なき進歩の跡だ。固い殻、型にはめられてゐた境から、その古い殻を割つて、どこまでも心の動きを言葉に移して表さうとする意慾の激流が、この変遷を作り、今日が到来したのである。これに口火をつけた或る人々はあつたとしても、実は吾が民族の精神の活躍、心の煥発の実に若々しい力が求めて進んだ結果であると、思はざるを得ない。