you are badass

 この不思議な退化をなしつつある少女は一つの稀な才能を示すやうに見えた。それは彼女の素描にあらはれる特殊な線の感じに於て。素描の時間に助手の仕事をつとめることになつてゐた或る上級生が、明子のこの才能を愛した。彼女は明子を画家伊曾に紹介した。伊曾にとつてその上級生は画の弟子であり、また情婦たちの一人でもあつた。
 結果は思ひがけなかつた。伊曾を中心とする事件に於て、その上級生は明子のため硬度のより高い宝石と一緒の袋で遠い路を運ばれた黄玉のやうに散々に傷いた。その挙句、明子はこの上級生を棄てた。
 青いポアンといふ綽名がこの少女の口から漏れ、一群の少女たちの間に拡つたのはそれから間もないことだつた。その上級生の名は劉子といつた。

 光代は、さつき鏡台のまへで初めてみた、妹の嬌羞をもう一ぺん思ひ出さずにはゐられなかつた。彼女は振かへつてまともに妹の顔を覗いてやりたいと願つた。十九歳の真弓は時折さも分別あり気な顰め面をしてみせたりするけれど、その実まだほんの我ままなお嬢さんとしか、姉の光代の眼にはうつらなかつたのである。――あの時までは。
 暫らくすると、道らしい道に出た。そこまで左手に沿つて来た小流を粗末な木の橋で渡ると、道は爪先上りにたかくなる。その坂を登りつめれば、彼等が訪れようとしてゐる扇ヶ谷の川瀬の家はすぐである。川瀬禎子は光代や真弓にとつては叔母で、夫が横須賀の鎮守府に勤めてめつたに帰つて来ないため、扇ヶ谷のかなり広い家はふだんは叔母とそれからその娘、つまり光代たちには従姉妹である英子との二人ずまゐである。尤も英子が東京のF女学校の寄宿にはいつてゐた頃は叔母ひとりであつたが、気楽な彼女はいつそそれをいい事にして、好きな三味線の稽古にありあまる時をつぶしてゐた。夏休になると長男の五郎が京都から帰つて来るので、川瀬の家も兎に角にぎやかになるのであつた。

 申の刻になっても一向に衰えを見せぬ雪は、まんべんなく緩やかな渦を描いてあとからあとから舞い下りるが、中ぞらには西風が吹いているらしい。塔という塔の綿帽子が、言い合わせたように西へかしいでいるのでそれが分る。西向きの飛簷垂木は、まるで伎楽の面のようなおどけた丸い鼻さきを、ぶらりと宙に垂れている。
 うっかり転害門を見過ごしそうになって、連歌師貞阿ははたと足をとめた。別にほかのことを考えていたのでもない。ただ、たそがれかけた空までも一面の雪に罩められているので、ちょっとこの門の見わけがつかなかったのである。入込んだ妻飾りのあたりが黒々と残っているだけである。少しでも早い道をと歌姫越えをして、思わぬ深い雪に却って手間どった貞阿は、単調な長い佐保路をいそぎながら、この門をくぐろうか、くぐらずに右へ折れようかと、道々決し兼ねていたのである。